「ジョーカー」は観るべき。ただの映画好きだからこその率直な感想。

出典:https://www.eiga-8.com

先日、ついに話題沸騰中の大ヒット映画「ジョーカー」をみてきました!ので今回はその感想をふまえつつ紹介していきたいと思います(´∀`)

いつも言ってることでして、今回はタイトルにも書いたとおり僕は映画批評家でもなんでもなくただの映画好きの大学生ですが、だからこそ感じたことを率直に書いていきたいと思います。

この記事にはネタバレはないので未観賞のかたはぜひ参考にしてください!

前置きが長くなるとめんどくさいので、さっそく「ジョーカー」の紹介にうつっていきます。

まずは簡単なあらすじから!

予告編はこちら↓

映画『ジョーカー』本予告【HD】2019年10月4日(金)公開

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あらすじ

場面は1980年代のゴッサムシティ。貧富の差が激しく、荒んだ街で大道芸人として働くアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は母ペニーの介護をしながらなんとか日々を過ごしていました。

そんなアーサーとペニーのささやかな楽しみは大物コメディアン、マレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)が司会をつとめるトーク番組「マレー・フランクリン・ショー」。

アーサーは人々を楽しませる”コメディアン”を目指し、いつかはマレーの番組に出ることを夢見て努力を重ねていました。

しかし、そんなアーサーを苦しめてきたのが「自分の意思と関わりなく突然笑い出してしまう」という病気。その病気ゆえに上手くいかないことも多く、精神的にも不安定なためカウンセリングにも通院。

そんな中、アーサーは同僚の大道芸人・ランドルから護身用として拳銃を借り入れる。が、小児病棟での仕事中にそれを落としてしまい、会社に解雇されてしまう。さらに市の財政難により社会福祉プログラムが中止、アーサーへのカウンセリングも打ち切られてしまう。

そういった小さな不幸が少しずつアーサーの人生を変えていく。そしてあるとき、ついに“ジョーカー”が誕生するーー

「バッドマン」のヴィランとして知られるジョーカーはどのようにして生まれ、あの残虐性はどこから生まれたのか。

母を助け、持病を抱えながらもコメディアンを目指す純粋なアーサーをジョーカーにしてしまったのはいったい何かに迫っていく映画です。

上映時間は122分で、監督は「ハングオーバー!」シリーズで知られるトッド・フィリップス

「バッドマン」シリーズとは異なる描かれ方をされるトーマス・ウェインにも注目ですね!少年のころのブルース・ウェインも登場します(`・ω´・)ノ”

では続いては映画「ジョーカー」の魅力について紹介していきます!

ホアキン・フェニックスの怪演

ジョーカーことアーサー・フレックを演じるのがホアキン・フェニックスですが、その演技は神がかっています。これまでもヒース・レジャーやジャック・ニコルソンら名俳優が演じてきたジョーカーのなかで、1番ぞわっとするというか目を離すことができないジョーカーのように感じました。

役作りで減量した体もそうですし、象徴ともいえる笑いに関してもそのトーンや表情はヤバかったです。「笑いたくないのに笑い出してしまう疾患」という設定のなかで笑うなんてめちゃくちゃ難しいと思います。

ああこれは面白いという思いからくる純粋な笑いじゃないんだな、と観客に思わせるのはすごいですね。病気からくる笑い・愛想笑い・純粋な笑い(微笑み?)の使い分けがハンパないです。

鑑賞中は演技だということを忘れ、終わった後に「とんでもねーな」と感じました。

特に印象に残ったのは”目”と”動き方”。

痩せこけた顔のためか、惹きつけられるアーサーの目の動き。狂気が宿ったときの目・憑きものが落ちたような目・何かを決意したときの目といったふうに、心情と連動した目の表現がほんとうに豊かで、それも先ほど言ったように「目をそらすことができない」要因になってるのかなと思います。

またジョーカー特有の動き方もすごい。どことなく可笑しさ・ぎこちなさ、そして危うさを感じさせる踊り方や走り方はホアキン・フェニックスならではのものではないでしょうか。

とくにこの作品では、アーサーが踊る場面がさらに彼の心情をぞわぞわと表してるように感じます。映画のポイントになる場面でもありますね。

引き込まれるというよりもっと受動的な、引きずり込まれるようなホアキン・フェニックスのジョーカーをぜひ体感してほしと思います!

音楽がつくりだす世界観

上の踊りの場面でもかかせない、そしてホアキン・フェニックスの演技とともに心に残ったのが音楽による演出です。

もう有名になってる階段での踊りの場面での音楽はゲイリー・グリッターの「Rock ‘n’ Roll (Part 2)」という曲らしいです。ちなみにこの人は児童性的虐待を繰り返してるヤバいやつです。予告編で流れている音楽はジミー・デュランテの「スマイル」です。

この歌詞も映画と合っていて、こういった挿入歌のチョイスももちろんすごいんですが、個人的にはアーサーが「何か」を失ったときに流れるサウンドがすごい印象に残ってます。

場面はネタバレになるとあれなのでいえませんが、アーサーの中でじわじわと何かが迫ってくるような、ジョーカーに近づいていくような感覚を覚えるようなサウンド。鑑賞後に、あのサウンドのことか、ってなってくれたら嬉しいです笑

映画をみるたびに思いますが、音楽ってすごいですね~

オープニングなどで「喜劇」を強調する音楽やテロップが流れるのも憎いです。

ジョーカーに感じる「共感」と「爽快感」

「ジョーカー」を観るまでは、いわゆる鬱映画だと思ってました。「バッドマン」風の、まあ暗い感じの映画だろうな、と。

あらすじからしても、まあざっくりいえば普通の人間が悪に墜ちていく過程が主なストーリーなわけですから。

前半では貧しい暮らしや「笑い出してしまう」という疾患によって何も上手くいかないアーサー、そしてそういった”弱い”人への社会の無関心さが直接的・間接的に描かれます。

弱者の立場からみることで、「バッドマン」では聖人ともいえる描かれ方をしているトーマス・ウェインをはじめ富裕層の暗く醜い部分を映し出しているのが特徴的です。

そういった弱者の視点からの描き方であったり、アーサーの過去であったあり、そしてホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロなどの名演技によりじんわりとアーサーに感情移入していく。

そしてアーサーが絞り出す言葉がそのたび心を揺さぶります。「この男が言っていることは正しいじゃないか」と。

アーサーが大物コメディアン・マーレイ(ロバート・デ・ニーロ)司会のTV番組に出演するとき、またアーサーがジョーカーへと変貌し人を殺めるとき、頭の片隅にその行動を「やってやれ」と後押しし、溜まっていたものが解放されるような爽快感を感じる自分がいるんですね。

なので鑑賞後に「しんどかったわ~」と言いつつも、心は逆にすっきりと晴れているような、昂揚している気分になっている。そして同時にそう感じている自分に怖さを感じてしまいます。

知らぬ間に感情移入し、悪に共感し、爽快感すら覚えてしまう自分がいる。それがやはり「ジョーカー」という映画のすごさかな、と思いました!

まとめ

今作は「ジョーカーがどのようにして生まれたのか」が軸となった映画。

アーサーがジョーカーに変わっていくのではなく、ジョーカーが生まれるという表現がしっくりくるなと感じました。

「どんなときも笑顔で人を楽しませる」ことだけを目指し、コメディアンを夢見ていたアーサー。しかし社会はアーサーに対して無関心で、見ようともしない。

”狂っているのは僕か、それとも世界かー”このアーサーの問いへの答えは、アーサーの行動から考えれば前者になるでしょう。

でもその行動のもとは何でしょうか。もともとアーサーは「突然笑ってしまう」という病気に苦しみながらも、貧しい生活に苦しみながらも、母を支え人々を楽しませるために笑ってきた、純粋な1人の青年でした。

はたしてジョーカーを生んだのは誰なのか。そしてジョーカーを悪のカリスマへとのし上げたように、ジョーカーを待ちわびていた人々がいるという事実。

「バッドマン」シリーズを観てなくても、いままでのジョーカーを知らなくても全然楽しめるので、ぜひ観てほしい!

公開5日間で興行収入10億円を突破した実績はダテじゃない衝撃作、観て損はないと思います!!

「ジョーカー」をジャンルづけするのが難しいんですが、狂気や人間のもつ怖さに触れる映画としては『セブン』『羊たちの沈黙』もそれぞれ感想記事を書いてるのでぜひ参考にしてみてください!ネタバレはしてませんヽ(^ω^)ノあとはやっぱりバッドマン三部作もいいと思います。

またレビュー記事を書く予定ですし、これからも色んな映画を観ていきたいのでおすすめの映画があったらぜひ教えてください!!

以上、そらまめでした~

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